年末調整は毎年処理しなければならない総務の重要な業務であり、正確性とともに効率化が求められます。総務が戦略的な組織にシフトするためには、年末調整における業務改善、デジタル化が求められます。ここでは、改善のフレームワークを取り上げながら、年末調整をスマートに行うための5つのヒントを考察します。

年末調整を戦略的に見直す

従来の受け身型の総務から脱却して、会社に働きかける新たな総務部門のコンセプトが「戦略総務」です。しかし、日々のルーティンワークに追われる状態では、戦略的な業務を手掛けようとしても無理があります。これまでの業務の効率化を行い、時間の余裕を確保した上で、その時間を戦略的な業務にあてることが理想といえるでしょう。総務の業務における課題を見直して分析と解決を行うこと自体が、戦略総務への第一歩になります。いきなり全社的な改革を始めるのではなく、身近な業務の改善からスタートするとよいでしょう。その実績があってこそ、大きな改革も可能になります。
たとえば、年末調整は毎年行われる総務の重要な仕事です。ここでは、11月以降から翌年の1月までかかる年末調整の業務の見直しを例として、戦略総務がどのように課題解決をすべきかを考察します。

総務に必要な戦略的な視点とは?

ところで、戦略総務という総務の在り方を提示しましたが、戦略的とはどういうことでしょうか。まず、あらためて「戦略とは何か?」を確認します。ビジネスにおいて戦略は戦術と対比して使われ、いずれの言葉も軍事用語を語源としています。戦略は方向性や考え方を示し、理想実現のために計画を立てることです。到達点を明確にするには、課題や問題点の洗い出しが必要になります。一方で戦術とは、手段や方法、処理すべきタスクを示しています。最初に戦略があり、その方向性や考え方、計画に対して具体的に何をすべきか定めた方法が戦術といえます。

年末調整を戦略的にとらえ直して業務改善を行うには、全体の流れを理解した上で理想と現実を把握し、そのギャップから問題や課題を抽出することが求められます。まず手掛けるべきことは問題や課題の抽出ですが、何から着手したらよいのか迷うことも多いでしょう。このようなときは「フレームワーク」の活用をおすすめします。フレームワークは思考の枠組みであり、筋道を立てて論理的に考えるときに役立ちます。ビジネス戦略を立てるときフレームワークを使うと思考が整理しやすい利点があります。そこで、広く業務改善をテーマとしたフレームワークを取り上げます。

戦略的思考に必要な業務改善のフレームワーク

社内研修などで取り上げられ、あらためて説明する必要もないかもしれませんが、改善(カイゼン)は日本の製造業の現場を中心に行われてきた活動です。海外でも「KAIZEN」と表記されて使われることがあります。業務のムダを排除し、より生産性を向上させるために行います。業務効率化における改善のフレームワークとしては、次の2つが代表的です。

  • ECRS(改善の4原則)
  • 改善の8原則

こうしたフレームワークは、年末調整に限らず活用するとよいでしょう。2つの業務効率化における改善のフレームワークを紹介します。

ECRS(改善の4原則)

ECRSは製造業でよく使われるフレームワークです。以下の英語の頭文字を使った略語であり、改善の順序を示します。

  • Eliminate(排除)
  • Combine(結合)
  • Rearrange(組み換え)
  • Simplify(簡素化)

まず、その作業をなくすことができないか(排除)を考えます。続いて、ひとつに作業をまとめます(結合)。このとき、結合だけでなく分けること(分離)により課題を解決できる場合もあります。さらに作業の流れを入れ替えたり、場所を変えたり、あるいは代替案がないかを検討します(組み換え)。最後に簡単にできないかを考えます(簡素化)。
4つの原則のうち、最も改善の効果が大きいのは排除です。作業自体をなくしてしまうことが大きな改善になるといわれています。結合、組み換え、簡素化の順に改善の効果は小さくなります。改善の優先順位を考えるときに参考になるフレームワークです。

改善の8原則

次に改善の8原則を取り上げます。以下の8つになります。

  • 廃止
  • 削減
  • 容易化
  • 標準化
  • 計画化
  • 同期化
  • 分担検討
  • 機械化

それぞれ言葉から推測しやすいので、ポイントだけ解説していきましょう。「廃止」「削減」は4原則の「排除」であり、「容易化」は「簡素化」に該当します。業務改善でよく使われるのは「標準化」ではないでしょうか。マニュアルなどによって作業を標準化することでムダをなくし、特定の担当者でなければできない仕事をなくして属人性を排除します。「同期化」とは、催促や調整などによる待ちの状態をなくすことです。複数の作業が同期していることで効率化できます。
最後の2つのうち「分担検討」は、社内における分業のほか、外部に委託するアウトソーシングも考えられます。また「機械化」には、ITシステム導入やDXがあります。こうしたフレームワークを活用して、さまざまな視点から改善方法を検討していきます。

年末調整の効率化、5つのヒント

それでは、改善のフレームワークを使って年末調整の改善を考察していきましょう。2つの原則をまとめた部分もありますが、8原則のうち以下が使えるのではないでしょうか。

  • 廃止・削減
  • 標準化
  • 計画化・同期化
  • 分担検討
  • 機械化・容易化

この5つの視点から年末調整業務の改善のヒントを考察します。

年末調整で廃止・削減できる作業はあるか?

最初は廃止・削減の視点です。といっても、当然のことながら年末調整自体の廃止はできません。また、年末調整はアルバイトを含む全社員を対象とした所得税を確定させる大切な業務であり、ミスが許されないことから、確認作業の安易な削減も避けたほうがよいでしょう。しかしながらECRS(改善の4原則)において、廃止や削減は最も効果が得られる改善であることを取り上げました。したがって、何か廃止・削減できる作業はないでしょうか?

たとえば年末調整後の源泉徴収票の配布で、紙による配布を廃止してPDFファイルに代替する電子化が考えられます。改善の4原則でいえば「組み換え」を使った考え方です。電子化によりペーパーレスを実現できれば、スマートフォンによる確認も可能になります。
このように「従来のやり方しかない」という先入観を捨てることによって、改善の糸口を発見できる場合があります。受け身の総務から戦略総務へのシフトは、まさに思い切った廃止や削減あるいは代替の視点をもとに発想を拡げることが必要です。従来のやり方を大きく変えてしまうと、社員から批判が生まれるかもしれませんが、検討すべき価値はあるといえるでしょう。

年末調整で標準化できる作業はあるか?

標準化には、試行錯誤に費やす時間を短縮する目的のほかに、属人性の排除があります。「年末調整ならこの人」というスペシャリストを作ることは社員のモチベーションを高める一方で、そのスペシャリストが離職したときに業務品質を持続できなくなるリスクがあります。属人性を解消する一般的な方法が、マニュアル作成です。あらゆる些末な内容をマニュアルに記載をすると膨大になってしまうので、少なくとも次の要点は記載しておくとよいでしょう。

  • 作業手順の流れ
  • ミスが多発する作業の注意点
  • トラブル時の対応

ただし、マニュアル作成自体に時間と手間がかかり、そもそも自分の作業を言語化しにくいケースもあります。また、未経験の新入社員がマニュアル通りに作業すれば、必ずしもベテラン社員のような仕事ができるとは限りません。マニュアルを使って標準化に注力するのではなく、ITシステムを導入して、システムのフローに合わせた標準化も考えられます。デジタル化によって実現できる標準化があります。

年末調整で計画・同期化できる作業はあるか?

計画と同期化は、いずれもスケジュール管理に関連します。計画を立てながら同時進行可能な作業を検討することによって同期化を実現します。年末調整でいえば、社員に書類を記載してもらっている間は待ちの状態になるため、この期間に前倒しで別の業務を入れるなどの調整が考えられます。
進行管理のために、ガントチャートを作成して管理している総務部も多いのでないでしょうか。ガントチャートは時間の流れにしたがってタスク別の期間を記載した表であり、全体を可視化して進捗の遅れの確認や分担の検討ができるようになります。クラウド上のプロジェクト管理サービスには、ガントチャート作成機能を提供したWebアプリケーションがあります。簡単に進行管理表を作成して情報共有が可能になります。作業の同期化の検討には、スケジュールの可視化が大切です。Excelで進行管理表も作成できますが、プロジェクト管理ツールを使ってみることもおすすめします。

年末調整で分担できる作業はあるか?

分担に関していえば総務部内の作業分担のほか、外部に業務を委託するアウトソーシングも検討するとよいでしょう。BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)として、給与計算をはじめ年末調整の処理を請け負う会社があります。外部協力会社に委託する場合は、過去の実績のほか料金体験などにも注意が必要です。社会保険労務士や税理士などのチェックが必要になると、別料金が発生する場合があります。また、個人情報の漏えいは深刻な問題になりかねないため、セキュリティ対策についても十分に確認すべきです。
BPOは作業負荷の削減に大きなメリットがある反面、社内にノウハウが残らないデメリットもあります。社内でも年末調整に関連する制度の変更などについて理解し、委託先の作業を把握し、判断や評価ができるようにしておくことが大切です。

年末調整で機械化・容易化できる作業はあるか?

年末調整における機械化は、ITシステム導入によるデジタル化です。2020年から年末調整の電子化が開始されました。従来は社員が証明書を用意して年末調整の申請書に転記し、原票に書類を添付していました。すべて紙の書類で行われていたこれらの処理は、電子データで提出が可能となりました。電子データで提出できる書類は、給与所得者の扶養控除等(異動)申告書、配偶者控除等申告書のほか、保険料控除申告書、住宅ローン控除申告書、基礎控除申告書、所得金額調整控除申告書となっています。
電子化することにより、社員と企業ともに負荷が軽減されます。社員は証明書を揃えたり紛失したりする場合がなくなり、自動入力によって申請書を作成できます。総務側としては、給与計算のシステムと連携させて自動計算が可能になり、大量の紙の書類を保管する負荷軽減ができます。

年末調整の業務改善と効率化で注意すべき点

改善のフレームワークを使って、年末調整をどのように業務効率化できるかのヒントを探ってきましたが、最後に業務効率化にあたって注意すべき点を挙げます。

ミスをなくすこと

年末調整の作業では、手作業や目視による確認がミスを発生させる大きな原因のひとつです。しかし、分担作業によって生じる問題についても認識しておく必要があります。たとえば、Excelファイルから給与計算システムに再入力あるいは内容をチェックする場合、担当者を交代すると、最初の担当者が気づかなかったミスの発見に役立ちます。しかしその反面、最初の担当者が気づいていた留意点を見逃してしまう可能性があります。また、それぞれが役割の範囲以外に無関心でいると、重要なミスに関する盲点が生まれます。
業務効率化を進めたとしてもミスが生じるのであれば、やり直しのために人手と時間がかかります。負荷軽減および時間短縮と同時に正確性の追求が必要です。給与計算にも関連しますが、総務の業務における改善が難しい部分といえるでしょう。

問い合わせを減らすこと

年末調整に関しては、社員からの問い合わせ対応の業務も重要です。改善によって従来の業務のやり方を変えると、新しい進め方に関する質問が増加します。起こりうる課題を事前に予測して、可能な限りの対策を立てておくことが大切です。大きな変更をした翌年には質問が減少し、前年度の反省から対策を立てやすくなります。このように、なるべく社員からの対応を減らすように改善を行います。幅広い範囲で一気に新しいやり方を進めようとすると社員からの質問も広範囲に渡るので、優先順位を絞り込んで徐々に改善する方法を検討すべきです。

改善自体を目的にしないこと

年末調整に関する作業の改善に限りませんが、改善自体が目的化してしまうことがあります。標準化のマニュアル作成が通常業務を圧迫するのであれば、本末転倒です。業務改善のためといっても、残業時間を増やしてまで対応すべきとはいえません。業務効率化のプロジェクトは、時間配分に留意しましょう。年末調整の業務効率化を行うのであれば1年前から着手し、11月以降の繁忙期に入る前に準備を整えておきます。戦略総務の業務効率化プロジェクトは先行投資としての側面があるため、通常業務と平行して進めながら、最適な方法を探っていくことが求められます。

まとめ

年末調整は負荷が大きい総務の業務のひとつです。「毎年恒例の仕事だから変えようがない」と受け身で諦めてしまうのではなく、当事者意識を持って問題を分析して解決しようとする姿勢の中に、戦略総務の本質があります。ITシステムの導入とDX推進も、年末調整の業務をスマートに変えるための改善策のひとつです。
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